クモ糸について

脱石油化とクモの糸

私たちの生活は、エネルギーや材料の多くを枯渇資源である石油に依存しています。既存の化学繊維のほとんどは原料を石油に依存しており、その生産・廃棄時に大量のCO2を排出するなど、環境負荷が大きいことが問題となっています。世界の持続的且つ安定的な成長には、材料分野においても持続可能なバイオマス資源への転換が必要であり、事実、この脱石油化の流れは着々と進んでいます。そのなかで、原料を石油に依存しない次世代材料の一翼を担う新素材として、クモの糸が注目されています。

A spider and sunset.
A spider and orb web.

クモとクモ糸の多様性

地球上に生息しているクモは、確認されているだけで約4万種、実際は20万種以上いるともいわれており、その全てが糸をだします。そして、その1匹のクモが紡ぐ糸は1種類ではなく、特性の異なる糸を用途に応じて7種類ほど使い分けています。単純計算すると地球上には140万種類ほどのクモの糸が存在することになります。例えば、クモの巣の縦糸と横糸は違う成分でできており、性能も大きく異なります。縦糸は強度が高く、横糸は伸縮性が特徴です。また、昼行性のクモの糸は夜行性のクモの糸よりも紫外線に強いことも知られています。クモは4億年という歳月をかけてこれだけ多種多様な繊維素材を生み出したのです。

主成分はタンパク質

主成分はフィブロインと呼ばれるタンパク質です。タンパク質は20種類のアミノ酸が繋がった高分子であり、そのアミノ酸の並びを変えることにより生物は無数の分子をつくりだしています。クモがこれだけのバリエーションの糸を生み出せる理由は、クモ糸がタンパク質でできていることにほかなりません。クモの腹部には異なるフィブロインをつくる分泌腺が複数あり、それらを使い分けることで、異なる性能を持つ様々な糸をつくりだすことができるのです。

Internal of spiber.
Internal of spiber.

最大の特徴 ”タフネス”

タフネスとは、材料が破壊されるまでに吸収できるエネルギーの大きさであり、クモ糸最大の特徴です。直径1cmのクモ糸で巣を張れば、ジャンボジェットを捕えることができるといわれています。中でも、命綱として使われる牽引糸は、防弾チョッキに使用されているアラミド繊維に匹敵する強度と、ナイロンを上回る伸縮性を持ち、既存の化学繊維では考えられないレベルのタフネスを有しています。先端材料である炭素繊維やアラミド繊維をも上回る驚異的な数値です。

驚くべき性能、環境に優しい未来の新素材

前述した特筆すべき機械的特性に加え、重さは鋼鉄の約1/6、炭素繊維と比べても約40%軽量であり、タンパク質であることから原料を石油に頼ることなく、バイオマス由来の原料を使って微生物による生産(発酵生産)が可能です。この夢の繊維を実用化しようと世界中で研究が行なわれてきましたが、未だ技術的な障壁が高く、実現していません。

クモ糸人工合成研究の歴史

クモはカイコとは異なり肉食で、縄張り意識の強い虫であるため、家畜化して繊維を生産させることができません。そこで、1990年頃から遺伝子工学技術を駆使した生産技術の開発がはじまりました。バイオテクノロジーの飛躍的な進歩により、いくつかのクモ糸フィブロインをコードする遺伝子が解読され、それらの遺伝子を他の生物(宿主)に組込むことで、原料となるタンパク質を大量に生産しようとする試みです。例えば、大腸菌や酵母等の微生物を用いた発酵生産法や、ヤギの乳腺に遺伝子を組込んでミルクの中からタンパク質を抽出する方法、カイコを組換えてクモ糸の成分を含む絹糸をつくる方法などです。しかし、微生物を用いた生産方法では生産効率が悪く、また、動物を用いた生産方法では生産に莫大なコストがかかり、実用化できません。課題はそれだけではありません。先端のバイオテクノロジーでつくられたクモ糸フィブロインを繊維化するための紡糸技術にも多くの技術的課題があり、天然のクモ糸と同程度の性能を引き出すことが困難でした。現在も欧米やアジアの研究チームが世界初の実用化を目指し研究開発を進めていますが、未だ画期的な生産方法は提案されていません。

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